プロローグ
『俺が死ぬまで母ちゃんの面倒を見る!』
そう決めたのは親父でした。
私の母親は平成18年9月(当時57歳)に
アルツハイマー型認知症と診断され、
平成19年には要介護2、
平成20年には精神障害者1級の
認定を受ける事となる。
現在ではアルツハイマーの症状が
重くなり要介護は「5」になった。
(平成29年現在)
私はバツイチで、
子供2人を育てながら
両親と同居している。
また私の記憶の中では、
両親がケンカをしている所を
1度も見た事がない。
そんな親父が下した決断は
『俺が死ぬか、
母ちゃんが歩けなくなるまでは
自宅で介護する!』
というものだった。
それ以来、今もなお私たち家族は
この病気と戦い続けている。
正直なところ、母が豹変していく様を見て
『早く死んでくれんかな?』と
何度も思っていた頃があった。
しかし、今では
『どんな姿であれ生きていてくれる事』に
感謝している。
なぜなら、介護という
コミュニケーションを交わしていくうちに
病気のせいで自分の意思に反し、
豹変していく母親の無実と
その狂いだした歯車を必死に戻そうとする
親父の愛情と葛藤を心から理解したからだ。
そこで
私たち家族の、特に親父の生き様を
『思い出の介護録』として残していこうと思った。
近年、介護疲れで殺人や心中。
そして介護者の暴力。
目を背けたくなるニュースが飛び交う今、
私の曇り眼を拭い去ってくれた
親父の背中。
ただただ一途に、
母が必ず元に戻ると信じて
介護をする親父の姿を
伝えずにはいられなかった。